2008年07月17日

ロマンティック街道 起点 ヴュルツブルク






☆ 地図と写真(panoramio) 

☆ ロマンティック街道ルート地図

 ヴュルツブルク(Wuerzburg)は、ドイツ中部、バイエルン州北部の都市で、フランクフルトの南東120km、マイン川中流に沿う古都。 中世より司教領として栄え、現在は、観光ルートのロマンティック街道の起点として、またフランケン・ワインの集積地として有名。 

 ヴュルツブルクは、フュッセンまで366kmに及ぶロマンティック街道( Romantische Strase)の起点で、沿道には、ローテンブルク、ディンケルスビュール、ネルトリンゲン、アウグスブルクなどの中世の面影を残す都市が連なり、第2次世界大戦後、観光地として有名になった。

 ドイツのバロック建築を代表するものの1つである、バルタザール・ノイマンの設計による司教宮殿レジデンツ(Residenz)、その庭園と広場は、1981年、世界遺産に登録されている。

 ヴュルツブルクは、650年頃、メロヴィング朝フランク王国の家臣であるチューリンゲン部族の大公領となり、マイン河畔の丘の上に宮殿が建てられた。

 686年に、アイルランドとスコットランドの修道士 キリアン、コロナット、トトナンらによってキリスト教が布教され始めたが、領主の法廷で殉教した。

 704年には、カステルム・ウィルテブルフ(castellum virteburch)という名称が初めて文献に登場し、742年には、ドイツにおけるキリスト教伝導の祖と言われるボニファティウスがヴュルツブルクを司教座とした。

 788年、最初の大聖堂が完成し、カール大帝が臨席。その後、1040〜1225年にロマネスク様式で建てられたものが現在の大聖堂。

 1168年には、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世が、ヴュルツブルク司教をフランク王国の大公(Herzog)の地位に格上げし、司教は、領邦君主としての権力も併せ持つようになる。これによって、ヴュルツブルクは、その後数世紀の間、ヨーロッパの文化の中心の一つとして発展。

 1253年、マリーエンベルク城塞(Marienberg)が建てられ、その後、1720年まで歴代司教の居城として使われた。

   1576年 フランケンワインの醸造所、ユリウスシュピタールが、時の領主司教ユリウス・エヒター・フォン・メスペルブルンによって創設された。

 1582年、領主司教ユリウス・エヒターによってヴュルツブルク(ユリウス・マキシミリアン)大学が創設された。

 1598年、16世紀後半は魔女裁判が頻繁に行われ、この年ピークを迎え、28件の裁判で、およそ100人が処刑された。その後、イエズス会士、フリードリヒ・シュペーが「検察官への警告」を出版して魔女狩りの非合理性を説いた。

 三十年戦争では、1631年に、スウェーデン王グスタフ・アドルフの侵略によって、城が破壊された。

   1720(〜44年完成)年、大司教の居城としてレジデンツ(Residenz)の建設が始まるなど、17〜18世紀に、ヴュルツブルクは最盛期を迎える。シェーンボルン家出身の歴代領主司教の建築熱と、建築家バルタザール・ノイマンの功績によって、巨大なバロック建築群を生み出した。1726年には、星形の城壁も完成。

 1802年には、司教領の支配組織が解散させられヴュルツブルク大公国となり、1814年 バイエルン王国に併合された。

 1895年、ヴュルツブルク大学のレントゲンがX線を発見し、ノーベル賞を受賞。

 第2次世界大戦によって、街は甚大な被害を被った。

見所:

 ヴュルツブルクには、ロマンティック街道の起点となっているマリーエンベルク要塞や、世界遺産に登録されている司教宮殿レジデンツを始め、ロマネスク建築の聖キリアン大聖堂や、マルクト広場にある漆喰飾りが美しいファルケンハウス、市のシンボルとなっており、船の荷揚げに使われた古いクレーン、また、日本で有名なシーボルトの生誕地でシーボルト記念館など、見所が多い。



見所写真
レジデンツ
(Residenz)
壮麗なバロック様式の宮殿。建物はコの字形に配置され、中央中庭
(Ehrenhof)を三方から囲む構成。

建物内には広間が五つ、300以上の部屋と教会が1つある。
偉大なバロック建築家バルタザール・ノイマンの設計の下、ヨーロッパ
各地から建築家、画家、彫刻家が集められて造られた。

ノイマン傑作の「玄関大広間(Treppenhaus)」 の大天井にはティエポロ
(Tiepolo)の大フレスコ画。

この外、ボッシ(Bossi) の化粧しっくい細工(Stukkaturen) 、ツィック
(Zick)のフレスコ画のある「庭の広間(Gartensaal)」、ボッシの
化粧しっくいとティエポロのフレスコ画や大理石の柱がある
「皇帝の広間(Kaisersaal)」、さらに、ボッシの化粧しっくいの「白い広間(Weisser Saal)」
「宮殿教会(Hof- kirche)」などが見所。

写真
panoramio) 
マリーエンブルク要塞
(Festung Marienburg)
マイン河畔の丘の上、レジデンツが出来る前の13世紀から18世紀まで
領主司教の住居として使用。要塞にはマインフランケン博物館
(Mainfrankisches Museum)と領主の館博物館がある。

写真
panoramio) 
聖キリアン大聖堂
(Dom St. Kilian)
1040〜1225年にロマネスク様式で建てられた大聖堂は、高さ105mあり、マインツ、シュパイヤーに続くドイツ最大級の宗教建築。

写真
panoramio) 
市庁舎(Rathaus)12世紀の塔と17世紀の建物。写真
panoramio) 
ファルケンハウスマルクト広場に面し、漆喰飾りが美しい。写真
panoramio) 
アルテマイン橋
(Alte Mainbrucke)
街のシンボルの1つである長さ180mのアルテ・マイン橋には、
聖人の銅像が並んでおり、ここから聖キリアン大聖堂に続いている。

写真
panoramio) 
古いクレーンかつて荷揚げに使われた。写真
panoramio) 





☆ 写真集

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☆ 写真集

☆ 写真集

☆ 写真集

☆ スライドショー(右にスライドさせる)

☆ スライドショー(imageevent.com)

☆ www.wuerzburg.de

☆ パノラマ (画面左下の▽で場所が変わる)

☆ ユネスコ世界遺産HP

☆ ロマンティック街道定期バス時刻表



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posted by トラベラー at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ
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