☆ 地図と写真(panoramio)
クレタ島(Crete)は、ギリシャで最も大きく、地中海では5番目に大きい島。ギリシャはもとより、地中海の代表的な観光地で年間200万人以上の観光客が訪れる。
面積は8,300km²で、兵庫県の面積ほどで、人口約50万人。
主要な都市は、西からハニア(Hania、人口約5万3千人) 、レティムノ(Rethymno、約3万人)、イラクリオン(Iraklion、Heraklion or Candia、約14万人) 、アギオス・ニコラオス(Agios Nikolaos、約2万人)がある。
アテネからイラクリオンのニコス・カザンツァキス空港まで飛行機で約40〜70分。また、ピレウス港からイラクリオンまで、夜行の船便が就航。
ヨーロッパ最古の文明の発祥地として有名で、エーゲ文明のうち、クレタ島で栄えた青銅器文明は、伝説上のミノス王にちなんで、ミノア文明とも呼ばれる。
ギリシャ神話では、クレタ島のアイガイオン山のディクティ洞窟で、ゼウスが生まれ、その後、隠され育てられたのは、ディクティ洞窟と、島の最高峰イデ山の山麓の洞窟との2説がある。
ゼウスの父クロノスは、自分の父から神々の首座の地位を奪い取ったため、自分も子供達によって地位を奪われると怖れ、生まれた子供達を次々と食い殺してしまった。(ゴヤが描いた絵のテーマ「我が子を喰うクロノス」で有名。)
これを避けるため、クロノスの妻レアは、クレタ島のアドラステイアとイーデーによってアイガイオン山にかくまってもらった。
また、フェニキア王アゲノルの美しい姫エウロパが、白い牡牛に変じたゼウスによって、クレタ島へと連れ去られ、妃となって、その子ミノスがクレタ王となって文明が生じたとの神話も。
また、ホメロスのイリアスにおいても、「テセウスとミノタウロス」や「ダイダロスとイカロス」など、クレタ島に関する話は多い。
ミノア文明は、紀元前25世紀頃にまで遡り、1900年にイギリスの考古学者アーサー・エバンズがクノッソスを発掘して、ギリシャ本土より200年以上前に発展した文明の痕跡を発見、これをミノア文明(Minoan)と名付け、「ミノスの宮殿」を著わした。
紀元前2000年頃の中期ミノア期には、地中海交易によって港湾都市が発展し、クノッソス、マリア、ファイストスなど、島内各地に、宮殿が建てられた。
また、貿易を通じてエジプトやフェニキアの芸術も流入し、高度な工芸品を生み出し、紀元前18世紀頃には、アルファベットとは異なる象形文字の「線文字A」を使用した。
紀元前1600年頃の後期ミノア期には、都市国家の中央集権化、階層化が進み、クノッソス、ファイストスが島中央部を、マリアが島東部をそれぞれ支配した。
しかし、木材の大量伐採による自然環境の破壊が、文明そのものの衰退化を招き、紀元前1400年頃にミュケナイのアカイア人がクレタ島に侵入、略奪されて、ミノア文明は崩壊した。
クレタの宮殿建築は、非対称、有機的、機能的な構成で、建物は外部に対して解放的であることから、当時のクレタが非常に平和であったと推察されている。
初期の宮殿建築では、宮殿に接して市民の公共空間が設けられていたが、後期ミノア時代に社会体制が中央集権化・階層化し、公共空間には他の建築物が建てられていった。
紀元前69年には、ローマ帝国の支配下に入り、ビザンティン帝国を経て、第4回十字軍の頃、ヴェネツィア共和国領となり、その後4世紀の間に、ルネサンスの影響を大きく受けた。
1669年には、オスマン帝国に占領され、1821年のギリシャ独立戦争が始まると、クレタ島でも反乱の火の手があがった。
しかし、クレタ島は、バルカン戦争後のロンドン講和会議でオスマン帝国がその領有を放棄する1913年まで、オスマン帝国の支配下にあった。
第2次世界大戦中、1941年5月には、落下傘部隊を中心とするドイツ軍がクレタ島に侵攻、駐留英軍を追い出すなど激しい戦闘の舞台となった。
見所:
■ イラクリオン県(Iraklio県)
イラクリオンは、英語ではヘラクリオで英雄ヘラクレスに由来する港の名であった。クレタ島の中心都市で、スペインの宮廷画家として活躍したエル・グレコが、当時、ヴェネツィア共和国の支配下にあった1541年に生まれた街。
〇 クノッソス宮殿(Knossos Palace)
イラクリオンの南東5kmにあるクレタ観光のハイライトとも言える3500年以上も昔の遺跡。ミノア時代の3大宮殿のうち最も大きく、ところどころ修復され、その壁画も見事です。
テセウスがミノタウロスを退治した迷宮伝説で有名。世界最古の迷宮とされ、分岐のない極く単純な迷路であった。迷宮の設計図はクノッソスの貨幣の意匠にもなった。
〇 イラクリオン考古学博物館(Heraklion Archaeological Museum)
ミノア文明の発展過程を時代順に展示してある必見の博物館。古代の壁画のオリジナルなども収蔵。
〇 フェストス遺跡(Phaitos Palace)
イラクリオンの南西63kmにあるミノア時代の3大宮殿の一つ。
〇 マリア遺跡(Malia Palace)
イラクリオンの東34kmにあるミノア時代の3大宮殿の一つ。
〇 ゴルティス遺跡(Gortys)
イラクリオンの南46km。ローマ時代のクレタ島の首都であった。
■ ハニア県(Hania) 〇 ハニア(Hania)
ハニアは、イラクリオンに次ぐクレタ第2の港町。ヴェネチアン・ポート界隈に、考古学博物館、シーフードレストラン、ショッピング・エリアが集まっている。
■ レティムノン県(Rethymno)
〇 レティムノン(Rethymno)
ヴェネチア時代に栄えた街で、「グレート・ゲート」や「リモンディの噴水」に当時の面影が残る。近郊には16世紀の「アルカディ修道院」がある。
■ ラッシティ県(Lasithi)
〇 アギオス・ニコラオス(Agios Nikolaos) クレタ島東部の高級リゾート。
〇 ディクティ洞窟(Diktaian Cave)
イラクリオンの東48km、アギオス・ニコラオスの西52kmのプシクロにある洞窟で、万能の神ゼウスが生まれた場所とされている。ディクティ洞窟は、鍾乳洞にはゼウスに乳を与えた山羊アマルティアが居たとされる場所があり、ゼウスは感謝を込めてアマルティアを星座(やぎ座)にしたという。
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